イメージや約束が付加する価値
ひとは見た目が9割とか言われています。
賛否はあるでしょうけれど、こと購買意欲という点では、
見た目が9割でもよいでしょう。
たとえばあなたが扱っている商品があるとします。
それの外装(パッケージ)を高級にして、
桐の箱かなにかに詰めてみてください。
それだけで価格を倍にできます。
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イメージや約束が付加する価値
すでに述べたように、人間はありのままの自然を超えようとする志向を普遍的に持っている。国や地域、時代を問わず人は、芸術、文学、音楽、神秘主義など、何らかの空想的なイメージに惹かれてきた。そうしたイメージには何かの約束を、詩人や司祭のメッセージには何らかの象徴的意味合いを求めてきた。原始的で野蛮な生活も、味も素っ気もない機能一点張りの生活も、御免なのだ。
オイル・サーディンの缶に、化粧品のパウダーが詰っていたら、どうだろう。連邦規格基準局が「この缶の中身は、ペイズリー柄の美しい容器に入った化粧品パウダーとまったく同じものだ」というお墨付きを与えたとしても、売れ行きはさっぱりのはずである。徹底した倹約ぶりで知られるボストンの婦人ですら、見向きもしないだろう。表向きはきっぱりと否定するかもしれないが、彼女たちもまた、大げさな広告、凝ったパッケージ、魅力的なファッションなどが紡ぎ出すイメージや約束を切望し必要としている。
美しく飾り立てたいというニーズは、自分たちの外見だけに限ったものではない。何年か前、エレクトロニクス分野のある企業が、試験用デバイスを700ドルで発売したが、この製品のフロント・パネルには当初、二種類の設計案があった。ひとつはデバイス本体を設計したエンジニア、もうひとつは産業デザインのプロに依頼したものである。二種類のサンプルが出来上がり、博士号を持つ取締役たちの前に披露された。すると、産業デザイナーによる設計案が、もう一方の案の案の二倍以上の支持を得た。マサチューセッツ工科大学でサイエンスの洗礼を受けた取締役も、ボストンの婦人と同じく、パッケージに容易に魅了されるのだ。
両者とも明らかに、工場のエンジニアよりも洗練された視点で製品を眺める。女性にとって、サーディンの缶に入った化粧パウダーは、人目を引くペイズリー模様のパッケージに入ったパウダーとは同じものではありえない。エレクトロニクス企業の取締役にとっても、エンジニアが設計したパネル付きの試験用デバイスは、美しく仕上げられた外装デバイスと、中身は同じでもやはり別物なのだ。
セオドア・レビット『広告の倫理性をめぐる考察』
(1970年ハーバード・ビジネス・レビューより)
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ではまた。