科学的アプローチの誘惑

なぜ、差別化が大切だと、口を揃えていう割には、ほとんどの企業が差別化できずにいるのか。
その本当の原因の一端が伺えます。

―― 引用ここから ―――――――――

『科学的アプローチの誘惑』

経営陣が誘惑の罠を逃れられずにいるのは、主として、誘惑されているとの自覚がないからである。
それどころか、一連の出来事すべてをきわめて科学的だととらえている。
しかも、これはことのほか心地よい誘惑なのである。
なにしろ経営陣は、意志決定を容易にしたい一心から、たえず方程式や処方箋を求めてきた。
しかしこれを科学と呼ぶのは、鋤を蒸気ショベルと混同するようなものだろう。

経営陣が近年特に科学の誘惑に弱いのは、一つには、自分たちの役割の正当性に自信を失ったという事情がある。
目を見張るような科学の主張、威力、成果には、抗いがたいものがある。
科学の複雑なメカニズムや、尽きることのない自信を前にすると、経営陣はおののいてしまう。
若い頃に科学分野の教育を受けた人物ですら例外ではない。
人前ではいつでも自信満々を装ってはいるが、その実、マネジメントの仕事は月並みで冴えないように思えることも少なくない。
自分たちと同じように自信にあふれた市場調査の専門家が、興味深い調査結果やその販売方針への意味合いについて語る姿を目にすると、不安を抱えた意思決定者は、表向きは疑い深そうな素振りを見せながらも、その実は真剣に耳を傾けているのだ。

慰めになるかどうかはわからないが、最高の功績を成し遂げるのは常に、科学ではなく人間の行為である。
そして経営におけるリーダーシップの発揮は、自他を問わず賞賛に値する行いである。
簡単な方程式や科学的な主張を、市場の状況を十分に考慮せずに取り入れたなら、液体クリーナー、コンパクト・カー、メンソール・タバコで見られたように、無意味な混乱を招くだけだろう。
慎重な管理下にある研究室で何度となくテストを重ね、その結果、雪化粧をした山脈のふもとに緑の滝がある構図がメンソール・タバコには最適だと判明したと言われても、もし他社がみなそのイメージを展開しているなら、自分たちはそれを避けた方がよい。
マーケティングでは往々にして、競合他社の上を目指すよりも、他社とは別の路線を行くのが理にかなった戦略となる。

購買意欲調査の信頼できる専門家であるハータ・ハーゾク(マッキャン・エリクソンに所属)は、「購買意欲を探ったからといって、何が消費者に最も受けるかがわかるわけではない」と慎重な言い方をしている。
そして、本当に有能なリサーチャーなら、調査対象の製品やブランドだけに対象を絞ってテクニックを振りかざすのではなく、患者を診断する医師のように、市場全体と内包する問題点を見極めようとするだろう、とも述べている。
顧客の内に潜むニーズを探るだけでは十分とはいえない。
どのテーマについてであれ、「膨大な知識を手に入れれば、あらゆる問題を解決できるだろう」などと考えるのはおかしい。
そんなことをすれば、幻想にからめ取られてしまうだけだ。

セオドア・レビット『購買意欲調査をめぐる狂想曲』
(1960年ハーバード・ビジネス・レビューより)

―― 引用ここまで ―――――――――

次回で完結です。

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